民族芸能

2009年10月12日 (月)

わらび座の歌舞の舞台が観たい!

連休でも、わらび座に行けない悔しさをエネルギーにして、数年ぶりに田んぼの手伝いをしてきました。

20091012103712

山と海に挟まれた日立市は、田んぼが限られた地域にしかないのですが、水戸市郊外には広い田んぼがたくさん残っています。

見渡す田んぼの真ん中の、ほんの一反七畝ほどなのですが、まわりの田がほとんどコンバインによる機械乾燥の中で、わずかに天日乾燥の田が残っています。

脱穀の手伝いとは言ってもたいしたことは出来ませんので、、はさかけ(茨城弁で「おだ」)の竹や木を運んだり、もみ米袋や藁束を運んだり、落ち穂を拾ったりするだけですが。

わらび座の民舞には、働く喜び、収穫の喜びが溢れています。

農家出身でも何でもない私ですが、わらび座の歌舞・民舞に、この喜びを教えてもらいました。

なので、声を大にして言います。

わらび座の歌舞の舞台が観たい!

もちろん、新春顔見世には行きます。

でもそれだけでは、満足できません。

来年3月、倉敷での舞台を観たいけれど、わらび劇場でもやってもらえないかなぁ。

20091012131121

話は変わりますが、昨日と一昨日、日立市では、全国の伝統芸能の催し物が開かれました。

当初発表されていたプログラムに変更があって、思いもかけず、民族歌舞団荒馬座の小公演を観ることが出来て幸せな時間を過ごしました。

演目は、「寿獅子」「ぶち合わせ太鼓」と数は少なかったのですが、小公演とは言っても出演者は15人くらい、野外ステージで観客は1万人くらいの大規模なものでした。

20091012152222

ところで、手伝いのアルバイト料はお米で頂きました。

もちろん今夜の夕食は、精米したての新米のご飯、おいしかったー。

わらび座の歌舞の大きな舞台、ぜひとも実現させて欲しいものです。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2009年10月 4日 (日)

秋田竿燈まつりが日立に来る

「ひたち秋祭り-郷土芸能大祭-」

10月10日(土)11日(日)

秋田竿燈のほかに、岩手県奥州市より奥州金津流の鹿踊(ししおどり)大群舞もあります。

詳細は日立シビックセンター

演目の詳しい時間はまだ公式には発表されていないようですが、

民族歌舞団荒馬座のブログにて紹介されています。

筆者は、青森の津軽今別の荒馬踊りのお囃子の笛を、日立の地元出演者と吹いています。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2009年10月 3日 (土)

わらび座のバチ

わらび座のバチ

これは一体何でしょう?

この数倍の本数の太鼓のバチが、筆者の職場にあります。

新しいもの、手垢で真っ黒な年代物、といろいろです。

すべて、わらび座から買ったものです。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2009年9月17日 (木)

篠笛、そして火の鳥

篠笛、そして火の鳥

写真は篠笛です。

獅子田の五本調子で、津軽の今別の荒馬踊りを練習し始めています。

朗童のC調も、ゆぽぽの売店で買って持っていますが、もうずっと吹いてなくて、どこにしまったかわかりません。

荒馬は今年はお囃子担当になり、しかも笛を吹くのは、十数年ぶりで四苦八苦しています。

初めて篠笛を吹いたのは、たしか「男鹿の於仁丸」の初演の頃。

当時は生演奏で、篠笛を吹いていらっしゃった藤さんに、わらびまつりの篠笛教室で教えて頂いたのでした。

わずか数時間の講習では、酸欠になりながら、オクターブ低い音が出るようになったのがやっとだったような記憶があります。

今やっている今別の荒馬は荒馬座の人に教えて頂いています。

わらび座に元いた瞬ちゃんに教えてもらった荒馬は、左手薬指は使わない押さえ方でしたが、それとはだいぶ違います。

わらび座の舞踊劇「津軽」のCDの荒馬の場面を聞き直しても、荒馬座がやっている今別のものとはだいぶ違います。

……話しは変わりますが、写真の背景の建物は、来年2月に、わらび座ミュージカル「火の鳥」公演が行われる、茨城の東海文化センターです。

本日、情報収集に行って来ました。

前日のつくば公演と合わせ、超低料金の宝くじ公演です。

皆さまのお越しをお待ち申し上げております。

日立わらび座をみる会としては主催公演ではありませんが、自主的普及活動に取り組んで参ります。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2009年5月10日 (日)

エイサーのパーランク

20090510233811

写真は、沖縄のエイサーの太鼓、パーランクです。

裏に日付が記してあり、2001.8.13.とあります。

これは、わらび座の夏の民舞教室で使ったものです。

その時の講師は、わらび座俳優の荒川洋さんでした。

受講生の中には、当時高校生で後に役者になられた方もいました。

習った踊りはすぐ忘れてしまいましたが、基本となるバチまわしや足のリズムなどは残っていて、このパーランクは後に、職場の同僚の結婚式のときの余興のエイサーの踊りで活躍したのでした。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2009年5月 6日 (水)

歌舞劇ロマン「カンアミ伝」

わらび座 劇団創立60周年記念作品

歌舞劇ロマン「カンアミ伝」

演出:中村哮夫

観阿弥(かんあみ)は、息子の世阿弥(ぜあみ)とともに現在の能狂言を大成した偉大な人物。

「カンアミ伝」は、観阿弥と世阿弥の親子の関係を軸に、苦悩や困難を抱えながらも挑戦し続ける志持ち、誇り高く生きる人間を描きます。

日本芸能をモチーフとして創作音楽、創作舞踊をダイナミックに演じるエンターテイメント性もみどころです。乞うご期待!!

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2009年2月25日 (水)

花笠の修理

Hanagasa

花笠音頭で使う花笠の修理をしています。

この20年間で、出番はたったの数回しかなかったという、

年代ものの花笠を直しています。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2009年2月 6日 (金)

花笠音頭

20090206012717

ビデオ「わらび座の民舞指導③ 秋田おばこ 花笠音頭」を買いました。

職場の同僚の結婚披露宴で、「花笠音頭」(山形県)をみんなで踊るためです。

筆者の職場では、過去にも同様の場で「古代神(こだいしん)」「エイサー(唐船ドーイ)」「豊年太鼓」などの民舞や太鼓を演じてきました。

もちろんただの素人で、劇団でも民族歌舞団でも何でもありませんが。

現在はある行事に向け「ぶちあわせ太鼓」と「豊年太鼓」の稽古が行われており、それが終わると今度は「花笠音頭」の稽古が始まります。

以前「花笠音頭」を演じたときの稽古で使用したビデオは、現在宇土市に行っているOさんの、お母様からお借りしましたが、今回は買うことにしました。

今回改めてこのビデオを見たところ、現在ミュージカル俳優・女優として活躍中の、あの方もあの方も踊りの講師として、お若くまた美しい姿で出演されていて、嬉しくなってしまいました。

| | コメント (0) | トラックバック (1)

2008年12月 1日 (月)

わらび座の太鼓バチ

Pict5299a

我が家にある太鼓バチです。

10数年前にわらび座で買ったもので、手あかで真っ黒です。

手前が三宅島太鼓用で、奥がイタヤのバチです。

余計なものが写っていますが、大きさの比較のためです。

わらび座オンラインショップでも買う事ができます。

・‥…━━━☆・‥…━━━☆・‥…━━━☆

わらび座ミュージカル

天草四郎」~四つの夢の物語

日立市民会館公演 12月12日(金) 19時開演

迫力ある太鼓シーンにもご注目下さい。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2008年10月26日 (日)

「海鳴りよ高く」「津軽のうた」その3

公演年度不明

民族歌舞団わらび座

第一部民族舞踊集「海鳴りよ高く

第二部民謡風土記「津軽のうた

Itoman

写真は民族舞踊集「海鳴りよ高く」パンフレットより「糸満乙女

このパンフレットには公演年度は書かれていません。

この舞台は一体いつ頃公演されたのでしょうか?

断片的ないくつかの情報から推測してみます。

民族芸術研究所をめざすわらび座の歴史と現状と展望」

というコラムの中に、

「(略)1967年にはその基本的建設を終えました。」

とあります。

また、原太郎氏の「ごあいさつ」の中に、

「『炎の島』を終えたあとわらび座は何を創るか(略)」

とあります。

炎の島」とは「火の鳥」ではなくて、

奄美を舞台にした、わらび座の歌舞劇第一作のようです。

また、「制作日誌」のコラムの中には、

「八月二十六日 歌舞劇『炎の島』の公演を終え、全面的に仕込みと稽古に入る」

「十月十八日秋田県横手市で初日公演」

とあります。

以上のような事から考えると、

「制作日誌」にあった初日は1967年、

本格的な公演が行われ、このパンフレットも制作されたのは、
 
1968年から1970年にかけてだと思われます。

そして翌1971年、わらび座の伝説の名舞台

歌舞劇「東北の鬼」誕生へとつながっていったようです。

日立市にわらび座後援会(後の「日立わらび座をみる会」)

が出来たのが1967年前後と推測されていますから、

もしかしたら「海鳴りよ高く」「津軽のうた」日立公演も

あったのではないでしょうか。(不明)

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2008年10月25日 (土)

豊年太鼓

わらび座交流会にて許可を得て撮影。

荒川洋さんと岡村雄三さん。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2008年10月17日 (金)

角館のささら と 日立のささら

 もう十数年前のことになりますが、ゆぽぽに宿泊していた8月のある日、友人であるわらび座デジタルアートファクトリーのKさんに、早朝の3時か4時ごろ内線電話で起こされました。

 わらび座の脇を流れる玉川の対岸にある集落、広久内(ひろくない)の郷土芸能「ささら」を見に行こうと誘ってくれたのです。

 全くの余談ですが、広久内に通ずる橋は最近、近くに新しい橋が建設されて架け替えとなり通りやすくなりましたが、それまでは、車がすれ違えないほどの狭い橋だったのです。当時よく「ひろくない」と冗談を言いあったものでした。

 広久内など、角館のささらは盆行事で夜から早朝にかけて家々をまわり門付けをしてまわるようです。

 一方、日立にも似たような郷土芸能「ささら」があります。(茨城県のHP

 角館町観光協会のHPによると、『佐竹家が水戸から秋田に国替えとなり、佐竹義宣(よしのぶ)公にお供して来たものが土地に定着したものといわれ、四百年以上の歴史を持つ(一部略)』ということです。

 角館と日立、遠くて近い不思議な縁を感じます。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2008年10月15日 (水)

高校生の郷土芸能 牛深ハイヤ

Pict5097a

第18回 ひたち秋祭り~郷土芸能大祭

2008.10.12筆者撮影

熊本県立牛深高校(天草市)

郷土芸能部 「ハイヤ節」

調べてみると、以下の記事が

12年前の「月刊わらび」の記事に出ていました。

・‥…━━━☆・‥…━━━☆・‥…━━━☆

わらび座発行 月刊わらび 1996年11月号

特集 高校生の郷土芸能

熊本県立牛深高校 郷土芸能部

野見山俊博(教諭)

(ごく一部分のみ抜粋し転載)

これだけ練習を積むと、自然に踊ることができる。生徒に聞いてみると、一つひとつの振りは、よく覚えていないらしい。唄と一緒に覚えているというのだ。改めて練習を見ると、なるほど彼女らは歌いながら踊っている。
 地方(じかた)がリズムを奏でる。自然に唄が出る。自然に体が動く。すべては無意識のうちになされる。むろん、基本練習の段階では意識して腰を落とし、意識して手をなめらかに動かす。しかし、通しの段階では無の境地に達しているような光景に何度か出くわす。「ハイヤは明るく、楽しく、生き生きと」そんな言葉を反芻(はんすう)する。そして思う。ハイヤに理屈はいらない、明るく楽しく、生き生きと演ずることだけが大切なんだと。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2008年10月10日 (金)

富山五箇山から! 利賀村大獅子

昨年の「おわら風の盆」にひきつづき、

今年も富山県の芸能が日立にやってきます。

利賀村大獅子(とがむらおおじし)

【富山県南砺市利賀村/利賀上村(うえむら)獅子方若連中】

世界遺産の合掌集落で知られる五箇山地方にある、そばと演劇で有名な利賀村で、最も盛大な春祭りの主役が江戸時代から伝わる獅子舞です。中でも上村地区の大獅子は、10人がかりで操る「百足獅子」とよばれるもので、色彩鮮やかな威容を誇るだけでなく、尻尾を振り乱しながら、全速で舞い踊る勇壮な姿は村内随一です。

(以上、チラシより転載)

第18回 ひたち秋祭り

郷土芸能大祭

2008年10月11日(土)、12日(日)

スケジュールpdf

------------------

津軽の荒馬踊り(青森県東津軽郡今別町)

で、日立市地元出演者として筆者も踊ります。

本日、リハーサル(場当たり)に行ってきました。

雨の場合は、屋外でなく音楽ホールに変更になります。

※ この記事はわらび座とは関係ありません。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2008年10月 3日 (金)

【歌舞集】21・飛翔 の七頭舞

わらび座創立50周年記念作品

【歌舞集】 21・飛翔(ひしょう)

この舞台のフィナーレで、七頭舞が踊られました。

当時、遠藤浩子さんが、インタビューに答えています。

Hisho21 『同期のR太くんは、踊りの好き嫌いがはっきりしているので、研究生時代から盆舞の授業はあまりやる気がなく、七頭舞になると目の輝きと気合いが全然ちがいました。今回の作品のフィナーレで七頭舞を踊る彼に注目!』

わらび座ファンクラブ会報誌 早蕨[さわらび]

2000年度版より転載

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2008年10月 2日 (木)

中野七頭舞

「中野七頭舞」保存会

岩手県下閉伊(しもへい)郡岩泉町

龍泉洞で名高い岩泉町の中野地区に伝わる芸能で、天保時代(1830-43)に「シットギジン」という神楽舞を基本に創始されたといい、五穀豊穣・家内安全・大漁を祈願して踊る、勇壮活発な舞です。七頭舞とは、2人1組の7組で、薙刀(なぎなた)や太刀など7種の道具を手に、7種の舞を踊ることに由来するといわれています。

第18回 ひたち秋祭り

郷土芸能大祭 チラシより転載

----------

手元に記録がありませんが、

中野七頭舞の皆さんは、

過去にも日立に来て頂いています。

わらび座の演目でも、過去に、

「21・飛翔」で七頭舞が演じられました。

過去記事(こちら と こちら

これについて詳細は、また後日…

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2008年9月25日 (木)

日立公演チケット発売記念役者交流会

わらび座ミュージカル「天草四郎

日立市民会館

2008年12月12日(金)

チケット本日発売

それにさきがけ昨日、
役者交流会が行われました。

参加して下さった皆様、ありがとうございました。

わらび座からは、ミュージカル「天草四郎」に出演されている俳優、

荒川洋さんと岡村雄三さんが来て下さいました。

語りに歌にセリフも織り交ぜて舞台の紹介をして下さいました。

ミュージカルの歌もこんなにたくさんでした。

M2 「四つの夢」
M5 「奇跡の予言」
M13 「はらいそへの道」
M22 「偽りの果て」

後半は、民舞と太鼓のステージでした。

Pict4975a Pict4978a

沖揚げ音頭、ソーラン節、豊年太鼓、秋田音頭
と盛りだくさんの内容で迫力があり

参加した皆さんからも、ミュージカル「天草四郎」公演への
期待の声を、たくさんご発言頂きました。

交流会には、雑誌の取材の方が来られており、
掲載の折にはまたご報告したいと思います。
 

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2008年3月14日 (金)

岩崎鬼剣舞

月刊わらび1993年1・2月号より。

Miroiwasakikenbai わらび座看板俳優E氏の演技者としての原点、岩崎鬼剣舞への想いが熱く、熱く語られています。ごく一部の転載です。

「動く事で風を起こし、土をしっかり踏みしめる。ザイが空に向かって立つ。大きな自然のなかでのびのびと踊られたとき、解放感が生まれる。そして踊り抜いてゆく事で強くなってゆく。仲間と一緒に踊ったとき、自分の中に熱いものが生まれてくる。」

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2008年2月10日 (日)

【歌舞集】 21・飛翔

わらび座創立50周年記念作品

【歌舞集】 21・飛翔(ひしょう)

Hishyo21

2001年2月8日 

ひたちなか市公演のときの色紙より

今考えるとそうそうたるメンバーでした。

イラストはトリさんのデザインらしいです。(未確認)

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2007年12月20日 (木)

親子学習会小公演

本日、市内のある小学校の親子学習会で、わらび座の小公演がありました。

Pict4481a 出演は、村田恵さん、小林涼子さん、簾内美保さんの御三方でした。

Pict4490a 「坊っちゃん!」公演の立て込んでいる合い間を縫って、わざわざ来て下さいました。

Pict4491a 演目は、秋田音頭、秋田おばこ、森のうた、花笠音頭、ソーラン節、ほうねん太鼓、などなど。

Pict4538a 1年生と親合わせて300人の熱気で、寒かった体育館が、一気に汗をかくほどの暑さになりました。

こんな素晴らしい親子学習会を計画して下さったPTAの方々とK先生に深く感謝いたします。

また、関東事務所も大変骨を折って下さいました。お世話になりました。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2007年8月 8日 (水)

ソーラン節の切り絵

Pict3976a わらび座のソーラン節の切り絵

作者不詳

(色紙より)

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2007年7月26日 (木)

わらび座歌舞集「いのちの祝祭」

歌舞集「いのちの祝祭

日立市でも公演しましたが詳細は後報します。

公式ページ音楽があり、聞くことができます。

現在リンクされていないので、削除される可能性があります。

また、携帯からは聞けません。

ご了承ください。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2007年7月12日 (木)

民謡歌手 伊藤多喜雄さん②

伊藤多喜雄さんと日立との関係を少し書きます。

伊藤多喜雄さんのソーラン節は、「南中ソーラン」で有名ですが、日立市の久慈中学校では、伊藤多喜雄さんに「久慈中ソーラン」のCDを制作してもらっています。

歌詞を少し変えて、「♪今じゃ日立の久慈中節よ♪」と歌ってもらっています。

久慈中ソーランは、日立海と山のまつりと関連して2003年3月26日に行なわれた、伊藤多喜雄コンサートで共演をしています。

(この記事は、わらび座とは関係ありません。)

| | コメント (1) | トラックバック (0)

2007年7月10日 (火)

おわら風の盆

Owara あの幽玄優美の粋―

おわら風の盆が、

秋の日立

日立市の秋の一大風物詩!
全国の本物の芸能を堪能できる二日間!

招待芸能決定!

  • おわら風の盆(富山県)
  • 虎舞、川口狐踊り(岩手県)
  • ~アジアの芸能~馬頭琴、韓国舞踊
  • 八重山の芸能(沖縄県石垣市)
  • 田子神楽(青森県)

ひたち秋祭り

郷土芸能大祭

予告 10月6日(土)・7日(日)

会場:日立新都市広場ほか

※画像と文章は、日立シビックセンター発行、シビックカレンダーより転載。

----------

この記事は、わらび座とは関係ありません。

「ひたち秋祭り郷土芸能大祭」をプロデュースしているのは、民族歌舞団荒馬座です。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2007年6月20日 (水)

わらび座 舞踊劇「津軽」 その⑨

Tsugaruorada わらび座 舞踊劇「津軽」

第二部 「おらだの祭り

(構成・演出 安達和平

 「おらだの祭り」は舞台の額縁をとっぱらった、観客参加の舞台です。

 鹿踊りの前には、お客さんに鹿頭とササラをつけてもらい、少し踊ってもらいます。そして、「鹿頭は村の守り神です。何かお願い事はありませんか?」。「お金がたまりますように(笑い)」 「健康で長生きできますように」……。

 パフォーマンスコーナーでは熊本のハイヤ節をお客さんに舞台に上がってもらい、一緒に踊ります。

 正太郎「人は祭りの中で出会い、結ばれてきました。それは人間同士だけでなく、大地をうやまい空吹く風におもいをはせて、一緒に住んでいる動物たちに感謝する。そういうことが祭りの中でやられてきたんです。」

 「かかよ、お祭りというのはいろんな人たちのいろんな思いや願いが集まってできてるんだなぁ」

 「んだよ、父ちゃん。ここに集まってる人たちだって初めて会う人たちばっかしだ。でも、こうしていると心が通い合って、何あったかいものが生まれる。これが本当のおらだの祭りだな」

(以上、有料プログラムより転載、写真は背景を一部修正して転載)

安達和平さん演ずる、父ちゃん高橋正太郎さんの司会。公演ごとに違ったご当地ネタで笑わしてくれました。初めただ笑っていただけでしたが、何公演も観ているうちに、その地域の感心事や客層など、よく調べ計算された演技であることが、だんだんわかってきたのでした。

舞踊劇「津軽」シリーズ連載①~⑨、これで終わります。長々とすみませんでした。

| | コメント (5) | トラックバック (0)

2007年6月19日 (火)

わらび座 舞踊劇「津軽」 その⑧

わらび座 舞踊劇「津軽

茨城県内公演 1992年12月

Tsugaruibaraki1日(火) 日立市民会館
2日(水) 鹿島町勤労文化会館
6日(日) 美和中学校体育館
7日(月) 大子町町民体育館
9日(水) 下館市民会館
11日(金) 水戸市民会館
12日(土) 北茨城市民体育館

写真は、わらび座水戸事務所(当時)が作った、茨城県内公演のチラシです。

裏面には当時の茨城県知事が “茨城「わらび座」公演によせて” という文章を寄せていますが、公演翌年にゼネコンからの収賄容疑で現職のまま逮捕されています。

記載の市町村は、現在は合併により、当時とは大きく変わっています。

当時は、小さな町村にもどんどん入っていって、体育館などを使う公演スタイルでした。

農閑期に入り、村の人口の何割もの人が座布団をもって学校の体育館に集まり、歓声をあげたり、暖かい野次を送ったりなど当たり前のことでした。

筆者は、「津軽」は県内では、日立、美和、水戸、北茨城で観て、県外では、栃木、中野で観ました。何度も観た舞台は、やはり忘れる事が出来ません。ましてCDを聴くとよみがえってくるのです。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2007年6月18日 (月)

わらび座 舞踊劇「津軽」 その⑦

現代に生きる“津軽じょっぱり”の心

                 菊池正平

 わらび座は創立以来40年、民族芸能・民族歌舞を働く人の視点から見つめ直し、現代的ないのちを吹き込む仕事をしてきました。そして、その中から生み出された数々の作品を通して、多くの人々と心からの対話を交わしてきました。

 今回の創立40周年記念作品では、さらなる創造の飛躍をめざし、初の舞踊劇に挑戦します。

 人間の心に刻まれた人生のひだひだを描く舞踊劇は、わらび座の長年の計画でしたが、1989年のヨーロッパ公演はその思いを新たにさせてくれるものでした。この経験や国内での上演活動が、舞踊劇――歌舞の中にあるドラマ性を引き出し、“人間を描く”――への意欲を大きくふくらませてくれました。

 今回の作品は、年若い農婦が幾多の困難に出会いながら、仲間と共に農民の誇りと喜びを胸に刻みつけ、新しい生命を育み、大地に生きようとする姿を、美しくも厳しい津軽の自然の中で描きます。

 津軽の歌や踊りには、歴史を底辺から支えてきた人々の強烈な生命力と人間性の息吹が脈打っています。制作にあたって多くの方からご協力をいただきました。津軽を愛し、津軽にこだわり続けながら、今の時代を生きぬいているその方たちから“津軽じょっぱり”の心も感じています。その心を存分に生かし、今に生きる人々の心に届く舞踊劇を、と思っています。

(以上、チラシより転載)

第一部 舞踊劇「津軽」の作・振付と、初期の第二部「和太鼓による舞踊組曲」の構成をされた、菊池正平さんは、現在はわらび座を離れ、同じ秋田県仙北市にて、万踊衆を主宰されています。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2007年6月16日 (土)

わらび座 舞踊劇「津軽」 その⑤

Tsugaruprogram 日立市民会館公演

1992年12月1日(火)

主催: 日立わらび座をみる会

この公演には有料プログラムがありました。(¥500)

写真はその表紙。米子役の加藤富子さん。現在、愛媛県の坊っちゃん劇場で上演中のミュージカルコメディ「吾が輩は狸である」に「ジュリ絵の母」役で出演中。米子役は別の時期に丸山有子さんも演じました。

Tsugarug 2枚目の写真は第二部「おらだの祭り」の中の「えんぶり舞」(青森県)。写真中央奥は、G様でしょうか? 翁役は安達和平さん。

Tsugarukake 3枚目の写真は、万吉役で、初代「伊勢の三郎」のあの方が演じられていたようです。日立公演では、万吉役は別の方でした。

引用した写真はいずれも、舞踊劇「津軽」の有料プログラムよりの転載。

| | コメント (2) | トラックバック (0)

2007年6月15日 (金)

わらび座 舞踊劇「津軽」 その④

Tsugarukanban 日立わらび座をみる会

 日立公演終了後、会場外壁面にかけておいた看板をはずし記念撮影。1992年12月1日。公演実行委員会=日立わらび座をみる会のメンバーのうち、茨城大学工学部学生2名を中心にして、切り絵による看板3枚が手作りで作成されました。

Tsugaruticket  モチーフとなった岩手県の芸能「鹿踊り」(ししおどり)は、この公演の重要な演目でした。

当時の学生のうち一人は、大学院、国家公務員を経てわらび座に就職し、DAF(デジタル・アート・ファクトリー)で活躍中です。

2枚目の写真は、日立公演チケット。

第2部は、表記の「和太鼓による舞踊組曲」から改作されて、公演当日は「おらだの祭り」として上演されました。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2007年6月14日 (木)

わらび座 舞踊劇「津軽」 その③

Tsugarupamph 1992年12月1日(火)

日立市民会館

主催: 日立わらび座をみる会

1枚目の写真は当日パンフレット

第二部「おらだの祭り」より

Haiya演目はハイヤ節(熊本県)=写真2枚目

写真は、許可を受けての当日舞台の撮影。(感度1600のフィルムを使用)

手拭いを持った演技者が客席に降りてきて、お客さんが手拭いを首にかけられると、楽しい雰囲気に有無も言えず舞台に上がって一緒に踊ってしまう、というパフォーマンスコーナー。

終演後、お客様をお見送りするときのお客様の紅潮した満面の笑顔。開場時にお迎えするときとは全く違う、暖かみに満たされたそのお顔にご挨拶できる事が公演実行委員としての何よりの喜びだとわかり、この気持ちを再び味わいたいが故に、わらび座をみる会にのめりこんでいるというのが、今の今までつづく筆者の想いなのです。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2007年6月13日 (水)

わらび座 舞踊劇「津軽」 その②

Enburi 1992年12月1日(火)

日立市民会館

主催: 日立わらび座をみる会

後援: 日立市、日立市教育委員会、日立市民文化事業団、茨城県教育委員会、茨城県農協五連、NHK水戸放送局、茨城放送、茨城新聞社、新いはらきタイムス社、読売新聞水戸支局、朝日新聞水戸支局、毎日新聞水戸支局、常陽新聞社 他

一枚目の写真はえんぶり舞、水戸公演 ('92.12.11) 当日パンフレットより転載。

第二部「おらだの祭り」

「やーやー、たいそうにぎやかな所サ、ではったもんだなー」
「父ちゃん、父ちゃん、ここにおいでの皆様方は、み~んなこの街の方なんだよ!」

 と、高橋正太郎・トラ夫妻のかけ合いで始まる第2部は、最初から終わり迄ズズズ~ッと、この2人がすすめていきます。

 サテはじめは、正太郎さん扮する田の神さんと5人の百姓衆による、えんぶり舞(青森県)『俺たち一生懸命仕事するから、田の神さんも豊年満作にして下さい」「ヨメさんも来るように」と田の神さんと約束をかわします。農耕馬をかたどった烏帽子をかぶり、田を水平にならす“えんぶり棒”を持って踊られる小正月の行事。

--------------------

 以上は当日パンフレットよりの転載です。筆者はこの公演で初めて、わらび座公演実行委員に参加し、事務局長を務めました。実際にチケットを売って下さり、公演成功に導いて下さったのは、歴史ある「日立わらび座をみる会」の諸先輩方でした。

1167617042   2007年正月に秋田県のたざわこ芸術村のわらび劇場で行われた「新春顔見世」公演でも、えんぶり舞が演じられました。「津軽」から十数年後の今年、「ヨメさんも来るように~」と演じたのは若手のあの方でした。懐かしい想いと、感慨深い思いで観させていただきました。

2枚目の写真は公式HPより転載した「えんぶり舞」

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2007年6月12日 (火)

わらび座 舞踊劇「津軽」 日立公演 その①

Tsugaru(過去の取り組み)

1992年12月1日(火)

日立市民会館

主催: 日立わらび座をみる会

第一部 舞踊劇「津軽」
第二部 「おらだの祭り」 

現在伊助役のあの方と、現在小道具のかたが、仲良く鶏舞を踊られていたのが強く印象に残っています。のちに、月刊わらびで挙式のニュースをみて、大変うれしく思いました。

万吉役で、ものすごくかっこよかったKさんが、こののち「男鹿の於仁丸(おがのおにまる)」(初演)で黄金丸として登場したとき、あまりのイメージのギャップにかなりショックでした。

第二部 おらだの祭りで、司会の高橋正太郎とトラ夫妻を演じていたのが和平さんとのぶこさん。お客さんは笑いの渦でした。私にとって当時、秋田弁はとっても新鮮でした。

当時、G様のことはよくわかっていませんでした。(すみません)

また、あのご夫妻は当時からご夫妻だったのですね。ほとんどセリフのない劇で、米子のしぐさ一つ一つに深い意味のあることを、何公演も追っかけて観るたびにわかってきて、毎回すごく新鮮でした。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2007年6月 6日 (水)

わらび座 民族歌舞集「絆」 きずな

(過去の取り組み)

わらび座創立35周年記念

Kizuna_1大型編成でつづる珠玉の歌と踊り

呼びかわす命のうた

民族歌舞集「」 きずな

1987年11月25日

日立市民会館公演

プロローグ
佐渡おけさ

第1部
沖揚げ音頭
 船漕ぎ音頭 網起こし音頭 切り声音頭 ソーラン節 イヤサカ音頭
ハイヤ節
野菜売りのおしも
沖縄の作業踊りと野遊び
 まみどうま、稲摺り節、なりやまアヤグ、黒島口説、娘たちの踊り、カチャーシー
想夫恋
じゃんがら

第2部
山車の囃子
 飾山囃子(上り山囃子・下り山囃子・拳囃子) 木遣り 秩父屋台囃子
Kizuna_2西馬内盆踊り
白鷺の舞
荒馬

(写真2枚目は1987.6.27福岡県田川市公演パンフレット表紙)

主催/日立わらび座をみる会・日立市教職員組合連絡協議会

後援/日立市教育委員会・日立市民文化事業団・茨城県農協中央会・毎日新聞水戸支局・朝日新聞水戸支局・読売新聞水戸支局・新いはらきタイムス社・茨城放送・NHK水戸支局・茨城新聞社・サンケイ新聞社水戸支局・全国農協中央会・日本農業新聞・家の光教会・農業共済新聞・全国農協青年団協議会・日本民謡協会・歴史教育者協議会・日本郷土民謡協会・日本青年団協議会(順不同)

 (筆者) 私はこの当時、わらび座を全く知らず、この舞台も観ていません。資料は後の公演に取り組むようになったときにもらったものです。
 しかし、当日パンフレットの主催者あいさつを読むと、驚かされます。
 わらび座の舞台はこの20年間に大きく変わったけれど、わらび座の舞台が「人間らしく生きることへの共感と励ましを与えてくれる」ことについては、全くといっていいほど今も変わりません。
 「日立わらび座をみる会」としての想いも全く変わらず、私たち自身が受け継いでいることを、改めて知ったとともに誇りに感じました。

(以下、日立公演当日パンフレットより)

ご あ い さ つ

 今宵25日の日に、わらび座日立公演にお越しくださいまして、まことにありがとうございます。この日立の地で、5年ぶりに『絆班』の公演を開催できますことは、私ども『みる会』といたしましても大きな喜びであります。
 わらび座は、本部を秋田県にもつ民族歌舞団で、36年ほど前にたった3人で結成されましたが、今では文化を愛する人々に支持され、座員300名を越すわが国最大の歌舞団に成長しました。今、民族芸能の見直しが話題となり民謡がブームを呼んでおりますが、わらび座の舞台は発足以来一貫して私たち観る者に勇気を与え続けてきました。わらび座の舞台のもつ力強さ、明るさ、そしてやさしさは、一体何でありましょう。
 私たちの祖先は、この美しい日本の大地で、精一杯働き、自然と語り合い、互いに心を通い合わせながら、少しでも豊かで平和な未来を求めて、黙々と歩み続けてきました。しかし今、一見豊かに見えながら、明らかに病んでいる私たちの社会の大もとを見つめるとき、働くことで結ばれていたかつての人間的な絆が失われかけていることに気付きます。
 今回の公演が、失われかけている、美しい自然を美しいと感ずる心、心を合わせて働く喜び、人間らしく生きることへの共感と励ましを与えてくれることを念じて止みません。これを期に、日立の文化・平和への想いを高めて行こうと決意しています。
 最後に、協賛していただいた商店・業者の皆様、並びにご後援いただいた日立市教育委員会、日立市民文化事業団、その他支援、激励していただきました方々に心からお礼申し上げます。
         1987. 11. 25          日立市わらび座をみる会

| | コメント (0) | トラックバック (1)

2007年6月 4日 (月)

わらび座小公演2002年

日立市でのわらび座小公演(過去の記録)

2002 2002年1月26日(土)

市内の保育園父母の会主催

(日立わらび座をみる会主催ではありません)

出演者の皆さんは、笹岡文雄さん(ササやん)と女優の皆さん3名の計4名でした。(ごめんなさい、正確に覚えていないので書けません、あの人はいました。)

演目は、おやま囃子、秋田おばこ、二本竹、ばか囃子、そうらん節、花笠音頭、盆舞、とら舞、ニューソーラン節、秩父屋台囃子などでした。

そのほかにササやん得意のマジックが子どもたちに大うけでした。手遊び「♪鯛焼さんとたこ焼さんがかけっこしたら、♪どっちがどっちが速いかな?♪」も盛り上がりました。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2007年5月27日 (日)

わらび座小公演

日立市でのわらび座小公演(過去の記録)

19991999年1月24日(日)

市内の保育園父母の会主催

(日立わらび座をみる会主催ではありません)

 当初、日立市出身の大和田正人さんが来て下さる予定でしたが、都合により急遽、平野進一さんが来て下さいました。もう御一方は、舞踊劇「津軽」万吉役や「男鹿の於仁丸」初代黄金丸役だったKさんでした。

演目(案による――○印判読不能)

  1. 八丈島太鼓
  2. 自己紹介 Who is me?!
  3. ソーラン節
  4. 花笠音頭
  5. 太鼓で遊ぼう
  6. お米が出来るまで    翁舞い→田おこし→田かき→田植え→水入れ→苗○し→○撒き→稲刈り→荒馬
  7. なまはげ!
  8. 鬼剣舞
  9. 権現舞

| | コメント (0) | トラックバック (0)